2015年04月16日

プロフィール-1





“ 統一地方選前半戦が終わるまでは 自分の宣伝活動は行わない ! ”

なぞと カッコつけてたんで (^O^)/  遅ればせながら
自分の宣伝用の名刺が刷り上がりました ♪

そこで改めて この私 池上ともやす をよく知っていただきたく
私がこのまちと どのようにかかわってきたか 
を シリーズで記させていただきます。


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私は昭和30年生まれ、
いわゆる戦後二ケタ生まれの無気力・無関心・無責任、
の三無主義といわれた世代です。
私自身も典型的なノンポリ学生でありました。

そんな私に、大学1年生の夏に転機が訪れました。
家の大黒柱であった父が病に倒れ、
将来は新聞社か出版社に進みたい、という希望があったのですが、
いやおうなしに家業のせんべい屋を継承することとなり、
仕事をしながら大学を卒業しました。

その時、このまま地元の蕨で商売を続けていくのなら、
まちの人たちといっぱいお知り合いになれたらいいな、と思い、
蕨市青少年相談員協議会という会に入会しました。

青少年相談員というのは、文字通り子ども会のお手伝いや、
小中学生の団体のレクリェーション指導、野外活動、広報活動などを
楽しみながら行う会でありまして、
私もさまざまな活動に参加しながら在職中に
日本レクリェーション協会の二級指導員の資格をとることが出来ました。

また、青少年活動の一環として、
北町に住んでいる小学校時代の同級生や
一つ年上の先輩方と一緒に
北町青年サークル 日暮れの会 というサークルを設立しました。

自分たちの会費で自分たちがやって、為になるもの、楽しいもの、
面白そうなもの、をやっていく自由闊達なサークル活動をしよう、
ということで、
夏にバスハイク、冬にはスキーツァーなどを自主企画・自主運営しました。

ゼロからのスタートでしたが、まだ木造だった北町コミュニティセンターに
大きなポスターを張らせていただいたり、
当時北町にたくさんあった銀行や企業の独身寮に出向いて説明会を
開催させていただいたりしたところ、
大型バス一台が定員オーバーになるほどの参加希望者が集まりました。

何かを成し遂げようとする自分たちの熱意と努力で、
これほど人が集まるのか、と実感した初体験でありました。

そして、これらの経験が後のPTAや子ども会育成会などの
青少年健全育成活動におおいに役立っております。


一人では 何も出来ないかもしれない
でも 一人がはじめなければ 何もはじまらない
その 一人になろう  



その頃からの 私の座右の銘の一つ であります。


  


Posted by iketomo at 15:32Comments(0)